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2016年の日本語教室の日本語学習者(がくしゅうしゃ)による日本語スピーチ大会(たいかい)は、
 
あざみ野の山内地区(やまのうちちく)センターで行われました。  2016.11.27
 
8か国の12人の学習者(がくしゅうしゃ)がスピーチをしました。
 
共催(きょうさい) : 横浜市青葉区役所(よこはましあおばくやくしょ) 
 
  
 
グェン ティータム (Nguyen Thi Tam)(ベトナム 日本に5年)
「うれしかった経験(けいけん)」
京都に住んでいた時、回数券(かいすうけん)も財布(さいふ)も忘れてバスに乗(の)りました。
降(お)りる時、困(こま)っていると、隣(となり)にいた女の子が回数券(かいすうけん)をくれました。
その日、仕事をしているおばさんにそのことを話したら、おばさんまで帰りのバスの切符をくれました。
なんてやさしいのだろうと思いました。
 
リン エイチン(林 颖琛 Lin Yingchen) (中国 日本に1年)
「子育ての違(ちが)い」
中国の子供は遊(あそ)び時間を犠牲(ぎせい)にして勉強漬(べんきょうづ)けの日々を送っています。
日本では、遊(あそ)びを中心とした子育(こそだ)てという感触(かんしょく)がありますが、
習(なら)い事をするお子さんが増(ふ)えているようです。
子供の勉強と遊(あそ)びのバランスをどうやって両立(りょうりつ)させるのか、自分も考えていかなければなりません。
 
モナ ワン(温 麗梅 Wen Limei)(中国・香港 日本に1年)
「日本語は難(むずか)しい」
日本語は難(むずか)しいです。漢字(かんじ)の意味(いみ)はわかっても、読み方が分からないと使い方を間違(まちが)うことがあります。
また、発音も*長音(ちょうおん)・拗音(ようおん)・濁音(だくおん)が難(むずか)しいです。私は改善(かいぜん)するために歌を歌うことを習っています。
日本での生活がより楽しくなるように日本語を頑張(がんば)りましょう!
 *長音(長くひっぱる音:カー・オー)・拗音(小さい や・ゆ・よ をつける音:キャ・キュ・キョ)・濁音(のどをふるわせる音:ガ・ダ・ザ・バ) 
 
ヤン カンイ (袁 倩瑩 Yuan Qianying)(中国 日本に8か月)
「なぜ日本では交通渋滞(こうつうじゅうたい)が少ない」
中国の交通渋滞(こうつうじゅうたい)は日本と比べてとても激(はげ)しいです。日本では、路上駐車(ろじょうちゅうしゃ)は違反(いはん)です。
駐車場(ちゅうしゃじょう)が多く土地を上手(じょうず)に使っています。
東京の地下鉄(ちかてつ)は北京と比べるととても発達(はったつ)しているので車をあまり使いません。
中国も、交通ルールを守(まも)ることや駐車場(ちゅうしゃじょう)を作ることを先にやるべきです。 
 
藤田カエ (Fujita Duangkamol) (タイ 日本に1年)
「日本と違(ちが)うタイの習慣(しゅうかん)」
タイの食事は基本的(きほんてき)に屋台(やたい)やレストランで食べますが、日本では基本的(きほんてき)に家で作って食べます。
タイでは料理を食べるとき自分で味(あじ)を整(ととの)えますが、日本では何も味をつけないで食べます。
どの国の習慣(しゅうかん)が1番いいということは決められません。違う習慣(しゅうかん)に合わせて生活するのは大事だと思います。
 
 
アルメリア メルキアス(Armelia Melkias)(インドネシア 日本に2年)
「私の町バンドン」
私が生まれた町バンドンは西ジャワ州の首都(しゅと)で、インドネシアで四番目に大きい町です。
歴史的(れきしてき)な建物があり、グルメ観光(かんこう)もできるおいしい食べ物や、温泉(おんせん)もあります。
ぜひ行って見てください。
私も日本にいる間に、日本のいろいろなところに行って見たいです。
 
ウスマニ カムラン (Usmani Kamran)(パキスタン 日本に19年)
「ローマ字の日本語」
日本に来た時、日本語を勉強する時間がありませんでした。
テレビや、仲間たちから日本語をききながら、ローマ字で勉強しました。
いまは日本語がわかりますが、いろんなおもしろいことになりました。
日本の皆さんも、l(エル)とr(アール)の違(ちが)いなどをちゃんと覚(おぼ)えてください。
 
チン ソウクン (沈 铮君 Chen Zhengjun)(中国 日本に来て1年)
「和菓子屋(わがしや)さんになりたい」
私は子供の頃からお菓子屋(かしや)さんになりたかったのですが、京都旅行をしてから和菓子屋(わがしや)さんになろうと決めました。
豊富(ほうふ)な人生経験(じんせいけいけん)が和菓子(わがし)に現(あらわ)れます。仕事を辞(や)めて、日本に来て日本語を学んでいます。
来春(らいしゅん)、菓子専門学校(せんもんがっこう)に入学します。
夢に一歩近づきました。 
 
ユウ カイ (勇 嘉偉 Yong Jiawei) (中国 日本に3年)
「日本での登山(とざん)の感想(かんそう)」
日本に来てからよく登山(とざん)して、いろんな感想(かんそう)が生まれた。
一つ目は登山(とざん)の意味が山登りと山下りの両方とも大事です。
二つ目は山に日本文化を感じられる。たとえば、登山者(とざんしゃ)は環境(かんきょう)を守(まも)るとか、
妊婦(にんぷ)の登山者が凄(すご)いとか、お互い挨拶(あいつ)するとか、本当に貴重(きちょう)な経験(けいけん)です。
 
ソン・ミョンヒョ (韓国 日本に4年)
「自分らしい生きかた」
「コンビニ人間」を読み、私も主人公と同じ悩(なや)みを持っていることに気付(きづ)きました。
でも、世間(せけん)の目ばかり気にしていることは、楽しくないしつまらないことだと分かりました。
今からは背筋(せすじ)をスッと伸ばして、自分らしく生き生きとふるまいたいものです。
 
 
ジョイス コウ (黄 筱喬 Huang Xiaoqiao)(台湾 日本に1年)
「日本に来て感じたこと」
日本の会社で働(はた)いています。日本人の挨拶(あいさつ)のしかた、電車の中が静かなこと、
仕事ではalways yesであることなど違(ちが)いがあります。
でも食べ物はおいしいし、品物はたくさん種類(しゅるい)があるし、トイレは快適(かいてき)ですね。
近くの街も好きです。ぜひ台湾にも来てください。
 
トニー ガーナー (Tony Garner) (イギリス 日本に1年)
「こどもの本」

日本人には、『笠地蔵』(かさじぞう)の昔話(むかしばなし)はどんな意味がありますか?

ヨーロッパ人には、お地蔵様(じぞうさま)が人間と同じように動くことは少し変(へん)で怖(こわ)く、おばけのように感じられると思います。

でも、このお話は怖(こわ)く書かれていません。

日本とヨーロッパの文化の違(ちが)いでしょうか。
 
司会者(しかいしゃ)
 
長谷川イェイツ・ニール (Neil Hasegawa-Yates) (イギリス 日本に20年)
 
露木ジュラルディン (Tsuyuki Geraldine) (アメリカ 日本に25年
 
 
来賓  大野敏美 青葉区副区長
 
講評者 翰林日本語学院 岸根彩子さん
 
 
 
 
 アトラクション 
1.小林のり子さん親子による空手(からて)の演武(えんぶ)
2.ハーモニー・スワンによるコーラス
  「ふるさとの四季」 (日本の唱歌(しょうか))
 
 
 
 
 

外国人(がいこくじん)(日本語学習者(にほんごがくしゅうしゃ))によるスピーチ大会(たいかい)   2015.11.29 

2015年の日本語教室の日本語学習者(がくしゅうしゃ)による日本語スピーチ大会(たいかい)は、アートフォーラムあざみ野(の)で行われました。 

8か国の13人の学習者(がくしゅうしゃ)がスピーチをしました。
 
共催(きょうさい) : 横浜市青葉区役所(よこはましあおばくやくしょ) 
 
 
 
[ インドネシア]  アンダリニ・イルマ (日本に 2年5か月)
「日本に来てびっくりしたこと」

日本に来てびっくりしたことは地震(じしん)が多いことです。最初(さいしょ)は地震(じしん)が起(お)きたらすぐ外にでました。私はイスラム教徒(きょうと)なので、外に出るときはスカーフをかぶります。家(いえ)の中ではかぶっていないので、突然(とつぜん)の地震(じしん)の時、スカーフをさがしているうちに地震(じしん)がおさまり、外に出てもだれもいなかったこともありました。今はだんだん地震(じしん)にもなれて、小さな地震(じしん)の時には日本人と同じように気(き)にしないようになりました。次に私の国では季節(きせつ)は雨季(うき)と乾季(かんき)だけですが、日本は4つの季節(きせつ)がありいろんな催(もよお)しがあります。お花見はとても楽(たの)しかったです。

 

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[日本]    野口 祐介 (のぐち ゆうすけ)   (日本に 2年5か月)
「自己紹介(じこしょうかい) と 詩(し) の暗唱(あんしょう)」
僕(ぼく)はフィリピンで生まれ、2年前中学一年生の時、日本に来ました。平仮名(ひらがな)や漢字(かんじ)の勉強(べんきょう)を土日にも「ひまわりの会」で続(つづ)けました。はじめは友達(ともだち)がいませんでしたが、一人の友達が日本のことを教(おし)えてくれました。バスケット部に入ってからはたくさんの友達(ともだち)ができて楽(たの)しいです。最初、日本語をまちがうと笑(わら)われましたが、「決(け)シテ怒(おこ)ラズイツモ笑(わら)ッテイル」ようにして頑張(がんば)ってきました。将来(しょうらい)アメリカ海軍(かいぐん)パイロットを目指(めざ)して勉強(べんきょう)したいです。宮沢賢治(みやざわ けんじ)の『雨二モ負(ま)ケズ』を暗誦(あんしょう)します。
 
 
[中国] 許 艶華 (日本に 1年6か月)
「日本の生活の好きなところ」
日本の生活の好きなところを話します。まずサービスが良いところ、病院(びょういん)やお店で相手(あいて)の人の立場(たちば)に立って接(せ)してくれます。次に親戚(しんせき)の人がとても優(やさ)しくしてくれること、いつも温(あたた)かく迎(むか)えてくれて、とてもうれしいです。そして暮(く)らしの中で便利(べんり)だとおもうことがたくさんあることです。電車(でんしゃ)やバスの乗(の)りつぎも便利で、欲(ほ)しい物の種類(しゅるい)も豊富(ほうふ)です。これからも日本で楽しく暮(く)らしていきたいと思(おも)います。
 
 
 
[韓国] 李 仙姫 (イ ソニー) (日本に 19年)
「私を支える力」
19年前に日本に来た時の瞬間(しゅんかん)はいまもよくおぼえています。その新鮮(しんせん)な印象(いんしょう)の生活も、しばらくすると、自分の気持(きも)ちを日本語でうまく言い表(あらわ)せなかったり、寂(さび)しさを感(かん)じたりと、少しずつ疲(つか)れを感じ始め自信(じしん)も失(うしな)っていきました。そんな時、カトリック教会(きょうかい)に出会いました。通(かよ)い始(はじ)めて祈(いの)りをささげていくうちに新たな力を感じ、つらい時も自分を励(はげ)ます方法(ほうほう)もわかるようになりました。これからも祈りを通(とう)して歩(あゆ)んでいこうと思います。
 
 
[インドネシア] マウラナ・アブドゥル・アジズ  (日本に 2年2か月)
「日本に来る前に心配(しんぱい)していたこと」
東工大(とうこうだい)の大学院生(だいがくいんせい)として日本へ来る前に、一番(いちばん)心配(しんぱい)していたことは、イスラム法で許(ゆる)されたハラル料理(りょうり)を、日本で食べられるかどうかでした。酒(さけ)や豚肉(ぶたにく)などは禁止(きんし)、豚肉(ぶたにく)の料理(りょうり)に使われた道具(どうぐ)は使えません。しかしスーパーなどからハラルロゴがある食材(しょくざい)を買(か)って自分で料理(りょうり)できること、スマホでハラルやイスラム教徒用(きょうとよう))のレストランを探(さが)せること、東工大の食堂(しょくどう)でハラルラーメンやハラル唐揚(からあ)げなど食べられることなどがわかり、私の心配はなくなりました。
 
[アメリカ]  ガイ・ローズ (日本に6年)
「いろんな経験、日本で」
満員(まんいん)の電車(でんしゃ)なのに、一人づつ乗(の)っていきます。アメリカならなぐったりするかも。コンビニでは、お金の引(ひ)き出しや支払(しはら)いができ、コンサートのチケットが買(か)え、コピーもできるのでびっくりしました。また、アメリカではまちなかでお酒(さけ)を飲(の)むのは禁止(きんし)ですが、日本ではどこでも飲(の)めます。お好み焼き屋(おこのみやきや)でかつおぶしがニョロニョロ、生きているようで、気持(きも)ち悪(わる)かったです。和式(わしき)トイレは数回(すうかい)使(つか)ったがなれませんい。ウオシュレットを初めて使(つか)った時は驚(おどろ)きましたが、今では、ないと暮(く)らせません。レストランで「えくぼがある」を「ちくびがある」と言いまちがえてみんなで大笑(おおわら)いしました。
 
 
 [中国]  鄧 斉悦 (トウ チユエ) (日本に 1年6か月)
「わたしとアニメのものがたり」
私はこどもの時から日本のアニメが好きで、アニメは神様(かみさま)のようなものです。中学生の時、私は成績(せいせき)が悪(わる)くて、先生にしかられ家族(かぞく)も心配(しんぱい)しました。そんな時、宮崎駿(みやざきはやお)先生の「千と千尋(ちひろ)」を見ました。千尋(ちひろ)ちゃんから勇気(ゆうき)をもらいやる気がでてアニメは魔法(まほう)のようです。高校に入ると、コスプレが好きになりいろいろなイベントに参加(さんか)しました。千尋(ちひろ)のコスプレだと千尋(ちひろ)の視点(してん)からこの世界が見られます。するとはずかしさがへり、自信(じしん)がでて、友だちもふえます。アニメやコスプレのおかげでむかしとはちがう世界(せかい)に生きています。アニメに出会(であ)えてほんとうにしあわせです。
 
[中国]  郝 巧 (カク コウ) (日本に 4年)
「あおい空」
多分(たぶんん)11才(さい)ごろから、私は青い空(そら)が好きになったみたいです。そのときの空はいつもの遠(とお)い空ではなくて、空を身近(みじか)に感じました。私は青い空のきれいさに感動(かんどう)しました。人間(にんげん)がいきていて、きれいな空を見ることは幸(しあわ)せだと思(おも)います。それから今まで、青い空は大好きになりました。2011年日本に来て、すぐ日本の青い空も好きになりました。人間(にんげん)も国籍(こくせき)に関係(かんけい)なく、きれいな空みたいに自分の人生(じんせい)を色つけて、きれいにする責任(せきにん)があると思います。そして、神様(かみさま)に感謝(かんしゃ)しながら、もらっている人生(じんせい)を大事(だいじ)にしなければならないと思います。
 
[イラン]  プイエ・マクイ (日本に 4年)
「イランの新年(しんねん)」
イランのお正月(しょうがつ)は3月21日です。お正月前(しょうがつまえ)に掃除(そうじ)をしてテーブルにリンゴ、お米(こめ)など7つの物(もの)を飾(かざ)ります。飾(かざ)りには愛(あい)、健康(けんこう)などの意味(いみ)があります。お正月(しょうがつ)は2週間(しゅうかん)続(つづ)き、親戚(しんせき)の人達(ひとたち)と会い、日本のお花見(はなみ)のように公園(こうえん)の木の下で食事(しょくじ)をしたり、お年玉(としだま)のようにお金をあげたりします。新しい服(ふく)も着(き)ます・お正月料理(しょうがつりょうり)にはカスピ海(かい)でとれた魚料理(さかなりょうり)もありとてもおいしいです、日本に住(す)んでいても3月21日には7つの物(もの)を飾(かざ)って魚料理(さかなりょうり)をたべます。
 
 [ドイツ]  (日本に 3年2か月)
「ドイツの統一(とういつ)」
私が5才の時、世界(せかい)が大きく変(か)わりました。私には、父といっしょに家を出て壁(かべ)をこわした記憶(きおく)がありますが、その時が、ドイツが統一(とういつ)された時だったのです。今25年たって統一(とういつ)がうまくいっていないのかなと思(おも)います。最近(さいきん)、西と東のちがいは以前より大きくなったと思(おも)います。たとえば給料(きゅうりょう)や失業率(しつぎょうりつ)などの差(さ)、シリアからの難民(なんみん)に対(たい)する考(かんが)え方(かた)のちがいなどです。ドイツはまだ完全(かんぜん)には統一(とういつ)されていないのでしょう。経済(けいざい)や気持(きもち)も統一(とういつ)されるまでは、もう1回(かい)25年かかるのかなという気がします。
 
 
 [中国]  イン メイシュク  (日本に 2年)
 「人と人の結(むす)びつきを求(もと)めて
 」
今、中国では、昔(むかし)とちがって、自分中心(じこちゅうしん)の考(かんが)え方(かた)をする人が多くなっています。家族(かぞく)の結(むす)びつきも弱(よわ)くなっています。私の場合(ばあい)、早(はや)く父をなくしたので、おじに育(そだ)ててもらいました。昔(むかし)は、親(おや)や親(しん)せきといっしょに住(す)むことがあたりまえでした。今は、若(わか)い夫婦(ふうふ)と一人っ子の家庭(かてい)が多くなっています。ご近所(きんじょ)のおつきあいも減(へ)っています。おたがいに声(こえ)もかけないくらいです。私は、もっと人と人の結(むす)びつきが深(ふか)まってほしいと思います。
 
 
[タイ]  プレム ランガラジトパアコン (日本に 2年1か月)
「日本に来て困(こま)ったこと」
2年前(まえ)に日本に来たときは日本語が読(よ)めませんでした。いつもレストランで食券(しょっけん)を買(か)うときは、一番上(いちばんうえ)の左端(ひだりはじ)を押(お)していました。あるときゆで卵(たまご)が1個(こ)だけ出てきました。初(はじ)めにおぼえた日本語は「大丈夫(だいじょうぶ)」で、マクドナルドで「お持(も)ち帰(かえ)りですか?こちらでお召(め)し上(あ)がりですか?」と聞(き)かれ「大丈夫(だいじょうぶ)」と答(こた)えてしまいました。女性専用車(じょせいせんようしゃ)はタイにはないので、注意(ちゅうい)されても意味(いみ)がわからず、乗(の)ってしまい、困(こま)ったことがありました。日本に来る前(まえに日本語を勉強(べんきょう)しておけばよかったと思(おもい)ました。
 
[インドネシア]  シルフィア パラミタ  (日本に 15年5か月)
「忘(わす)れられない経験(けいけん)」
日本語がまだ少(すこ)ししかわからない時、聞(き)き取(と)りにくくて混乱(こんらん)することががありました。ある日「トリ肉(にく)」を買(か)いに行き「トラ肉(にく)をください」といって、店員(てんいん)をびっくりさせてしまいました。家(いえ)に帰(かえ)って気がつき恥(は)ずかしかったです。またこどもが小さいころ、渋谷駅(しぶやえき)でこどもだけを乗(の)せて電車(でんしゃ)が発車(はっしゃ)してしまい、日本語で説明(せつめい)もできず、パニックになってしまいました。周(まわ)りの乗客(じょうきゃく)の人たちの助(たす)けで、こどもと無事(ぶじ)に会(あ)えてよかったです。
 
 
 
司会者(しかいしゃ)
[中国]        曹 偉 (ソウ イ)   (日本に 1年)
[フィリピン]  マリア バウティスタ  (日本に 4年)
 
 
 
アトラクションとして
美しが丘室内楽団(うつくしがおかしつないがくだん)による演奏(えんそう)がありました。
 
 
 
 
 
 

外国人(日本語学習者)によるスピーチ大会 2014.10.25

今年の日本語スピーチ大会は、青葉国際交流ラウンジ25周年

記念交流会イベントの第1部として、田奈JAで行われました。

5つの国の10人の学習者がスピーチをしました。

 

 

[中国]

餃子(ぎょうざ)のつくりかた

私は料理が好きです。中国では妻(つま)もはたらく家庭が多いため、家で料理するより、お店で食べることが多いです。中国人は焼き(やき)ぎょうざよりも水ぎょうざが好きです。豚肉(ぶたにく)ときざんだ野菜と調味料(ちょうみりょう)をまぜて作ります。皮(かわ)は、日本では店で買いますが、中国では家で作ります。十分ぐらいお湯(ゆ)でゆでて食べると、おいしいです。ためしてみてください。

[アメリカ] 

やればできる  

23年前に日本に来たときは、一人ではなにもできないので、すべて夫にたのんでいました。英語を話す外国人の友達に教えられて、一人でどこにでも行けるようになりました。幼稚園(ようちえん)のお茶会や学校の授業見学(じゅぎょうけんがく)やイベントにも行きました。生徒の親の会の仕事をしたり、ボランティアで英語も教えたりしました。おかげで今まで11年間、小学校で教えています。

[中国]

中国でボランティア  

大学の夏休みに友達と中国でボランティアをしました。17日間、山おくの小学校の子どもたちに勉強を教えました。ガスも水道もなく、両親は町ではたらいているので、村は老人と子どもたちだけです。子どもたちは畑仕事もします。最後の夜、大切に飼(か)っていた鶏(にわとり)を料理してくれました。別れの朝、子どもたちが泣きながら歌を歌ってくれ、胸(むね)が痛くなりました。

[インドネシア]

仙台(せんだい)で 

去年、大学の会議で大阪(おおさか)と名古屋(なごや)と仙台に行きました。その中で仙台が好きです。仙台は食べ物がおいしく、人が親切でした。タイ人の友達とバスで行きました。会場の東北大学(とうほくだいがく)が分からず困っていたら、一緒にバスを降りた日本人が教えてくれました。わたしの町ランプンに似ている仙台が大好きです。

 

[アメリカ]

ステートフェアのおもいで   

子どものとき、毎年テキサスのステートフェアに行きました。大きくてあぶらけが強い食べ物がいっぱいです。七面鳥(しちめんちょう)やオレンジレモネードを食べました。その後、空飛ぶ船やジャイアントブランコに乗ったり、動物のショーを見たりしました。夜はビッグテックス(高さ16mのカウボーイのロボット)のスピーチがありました。楽しかったです。

 

[中国]

日本のトイレ文化  

日本に来て深く感じたことはトイレです。中国の町の中のトイレは汚いので、外に出かける時は気が晴れませんでした。成田(なりた)の空港で初めてトイレに行って驚きました。座ったら壁から水の流れる音がしました。ウォシュレットやドライヤー、冬は座るところが温かく、大と小で水の量を変えます。赤ちゃん用のベッドもあります。トイレには思いやり*がいっぱいです。(*その人の身になって考える気持ち)

[[イラン]

わたしの目で見た「日本女性とイラン女性」  

日本では女性の服に決まりはなく、服や化粧(けしょう)がめだたない色が選(えら)ばれます。イランの女性は、出かけるとき必ずスカーフをかぶり、マントを着ます。色も若い女性は赤・黄・青・緑が好きです。パーティーや出かける時は、何十分もかけて濃い(こい)化粧をします。日本で男性もいる電車の中で化粧をするのは、面白いです。


[中国]

日本の生活   

今年の3月に日本に来た時、日本語が全然分かりませんでした。今は分かります。日本の生活はおもしいですが、いそがしいです。物価(ぶっか)も中国より高くて、交通費がすごく高いです。女の人の着る着物(きもの)はすてきで、着てみたいです。いちばん行きたい町は京都(きょうと)です。冬の北海道(ほっかいどう)で雪景色(ゆきげしき)を見たり、スノーボードをしたいです。

[フィリピン]

日本の小学校   

3年前に小学校の英語の先生になりました。小学生は、みんなで給食(きゅうしょく)の準備をして食べて、そうじをして、遊んで、勉強します。日本の英語の授業は楽しくコミュニケーションすることが中心です。ある日、歯の抜(ぬ)けた1年生が「先生、歯何本抜けた」「ゼロ」「ああ、外国人は歯が抜けないんだ」、子どもはかわいいです。

 

[中国]

わたしの故郷(こきょう)   

わたしの故郷の雲南省(うんなんしょう)は、中国の西南の観光地で、年間533万人以上の外国人が来ます。その中心の昆明(こんめい)は、気温が15~30度で一年中花が咲いている高原です。雲南省には25の少数民族(しょうすうみんぞく)(中国全体は56部族)が住んでいます。世界遺産(いさん)の麗江(れいこう)、自然が豊かで、ナシ族の音楽が聞けます。プーアール茶や松茸(まつたけ)が有名です。

 

 

 

              [スピーチをきいた人たちの感想]

・みなさん、短い間に日本語がうまくなりすごいです。

・日本で感じたことを、すなおに話してくれて参考になりました。

・日本のいい印象をたくさん感じてもらえるように、ボランティアをします。

・日本人が気づかない日本らしさを教えてもらいました。

・司会の方々がとても上手でした。

・みなさんテーマ設定がいいです。

 

 

 

 

2013年 外国人(日本語学習者)による日本語スピーチ大会 2013.1.17

毎年恒例の日本語スピーチ大会が区役所会議室で行われました。日本語教室で学ぶ外国人、子ども学習補修教室に通う子ども達の中から11名が参加しました。自分の国の紹介や、日本との違い、日本で暮らして感じたことなどを話してくれました。

柴田タット君(タイ)

「ぼくのすきなもの」

新幹線や船、昆虫、ガンダムなどすきなものを紹介してくれました。自分で作った折り紙や自分で書いた絵も見せてくれました。

肖洪杰さん(中国)

「日本で不思議に思ったこと」

日本に来てミニスカートにびっくりしたことや、お寿司など最初は食べられなかったものがだんだん食べられるようになってきた様子を話してくれました。

李昌俊君(韓国)

「日本での生活体験」

夏休みに家族とキャンプに行った時のこと、焼肉を食べたり海で泳いだ経験をおもしろく話してくれて、会場が笑いにつつまれました。

齋藤峻龍君(中国)

「僕の学校生活」

仲の良い友達のこと、中国と日本の先生のこと、勉強やバレーボールを頑張りたいという気持ちをしっかりした日本語で話してくれました。

クルディさん(インドネシア)

「インドネシアと日本の文化の違いについて」

インドネシアではどのように名前をつけるのか、また苗字がないので日本では不便なことが多い、という興味深い内容でした。

姚冬晴さん(中国)

「私と日本」

日本を好きになったきっかけはアニメで、日本に来て暮らしてみたらますます日本が好きになったと話してくれました。

ハ フォン トゥイさん(ベトナム)

「ハノイについて」

ベトナムの食べ物のこと、アオザイの紹介(実際にすてきなのを着てこられました)、ハノイの湖にまつわる伝説を写真を使って話してくれました。

ヴィシュウェッシュ パンディアさん(インド)

「日本で旅行の経験」

家族のことや家族と行った旅行の話でしたが、中でも富士山にがんばって登った体験談が印象的でした。

西田カイル君(フィリピン)

「フィリピンと日本」

日本とフィリピンでは、数学の授業は日本の方がむずかしいけれど、英語を話せるのは断然フィリピンの学生だとユーモアを交えて教えてくれました。

程懿さん(中国)

「息子の話」

可愛い息子の成長の様子を、愛情いっぱいに話してくれました。お母さんらしいスピーチでした。

曾麗潔さん(中国)

「日本の生活」

四川省出身の曾さんには、日本の料理はちょっと甘いそうです。日本の空はとてもきれいだと話してくれました。

司会者

徳江雅彦 青葉区長

アトラクション  草笛

 

 

 

 

草笛奏者 柴田天狗さん

 

*  会場に来てくれた方々の感想

・  日本語のスピーチは難しいのに、みんな上手でおどろきました。

・  みなさんが日本語を一生懸命勉強しているのがわかって嬉しかったです。

・  みなさんが、自分の国の文化や習慣を大切にしながら、一生懸命勉強している姿が良かったです。

                 ・  日本が好き、と言ってくれてうれしいです。

・  司会が上手で楽しかったです。

・  めずらしい草笛を聞くことができて良かったです。

 

外国人(日本語学習者)による日本語スピーチ大会 2012年

2012年11月11日   会場:プラーザホール (たまプラーザテラス)   共催:青葉区役所

スピーチ大会は日本語教室で学ぶ外国人がこれまで学習してきた成果を発表する場として、毎年開かれています。今年は11月11日、たまプラーザのプラーザホールで行われ、8カ国から11名の出場者(内、子ども4名、大人7名)があり、自分の国の紹介をはじめ、日本での暮らしや感じたこと、今後の抱負などを流暢な日本語で発表しました。会場を埋めた百数十人の聴衆からは暖かい拍手が何度も送られました。また講評者からも励ましの言葉が1人1人に掛けられました。司会者の2名も日本語教室の学習者で落ち着いた司会ぶりで好評でした。江戸紙切りのアトラクションでは、会場からオーダーが続き、とても和やかな楽しい大会となりました。

 

エステバン・アラナ(小学3年生)  ブラジル

     レオのこと

レオは体が白くて、鼻が黒くて、しっぽが長い子猫です。いたずら好きで、毎朝寝ているおばあちゃんの顔に手でちょいちょいして起こします。窓のところであおむけで寝たり、うつぶせで寝たりして面白いです。食いしんぼで食べるのがとても速いです。私はレオが大きくなってもずっと仲良くしていたいです

平良拓斗(小学5年生)  フィリピン   

  遊戯王

遊戯王は二人で対決して遊ぶカードゲームです。カードはモンスターカード、トラップカード、まほうカードの3種類があります。友達とバトルしたり、カード交換したりするのが楽しいです。遊戯王をして友達もできました。カード集めに使うお小遣いのことを考え、これからも楽しくゲームをしていきたいです。

中島賢人(中学3年生)  フィリピン    

  僕の人生

僕は日本で生まれましたが、4年生から4年間フィリピンに住んでいました。フィリピンには日本にないものがたくさんありました。日本では箱根、京都、沖縄などへ行きました。僕の人生は始まったばかりです。今までフィリピン、日本で経験したことに加えて、これから他の国へも行きたいし、いろいろ勉強して僕の人生に役立てたいです。

高浜良吉(中学3年生)    中国  

 中国のこと、日本のこと

僕は小学5年の時ハルピンから日本に来ました。日本語がわからなくて不安でしたが、中国語がわかる先生が教えてくれたり、友達もできて半年ほどで授業がわかるようになりました。今では中国から日本へ来たばかりの子供たちを助けています。修学旅行では奈良でお坊さんの話を聞いたり、京都で自由行動をしたりしました。

エフゲニア・ドロシキナ   ロシア

  日本の電車

私は電車が大好きです。日本人もロシア人も電車が好き。日本の新幹線はすごく速い。ロシアの鉄道は長くて、モスクワからウラヂヴォストクまで1週間かかります。ひとは酒を飲んで、しゃべって、食べて、うるさいです。日本の電車は楽しくなさそうです。話さない、笑わない、本と携帯だけを見ています。

チュオン・ニアリー   カンボジア

 私のふるさと、シェムリアップ

アンコールワットはどこにあるのかご存知ですか。シェムリアップという町、小さいがとても美しい街、私のふるさとです。そこには有名な遺跡がたくさんあります。当時の王様は遺跡だけでなく、大事な水を守るため貯水池も作り長い間栄えることができました。大きな湖では水上生活をしている人がいます。

唐勝 (トウ・ショウ)    中国

わたしのふるさとハルピン

一年半前に中国から来ました。ハルピンはヨーロッパの街並みのような雰囲気です。北海道の知床と同じ緯度で、冬はマイナス35度となりとても寒いです。毎年雪まつりがあります。札幌と同じように世界四大雪まつりの一つです。家庭料理はホイグオロウ、ディサンシェンや羊の肉を使った火なべが有名です。

山中スッティダー    タイ 

 日本での生活と私の夢

今年の4月に日本へ来たとき、私は日本語が全然わかりませんでした。頑張って勉強しました。みなさんのおかげで、今日は日本語でスピーチをすることができました。日本の生活にも慣れてきたから、ボランティアで週に一回子どもに英語を教えています。将来はフルタイムの仕事をするのが夢です。

 

ダンカン・アレクサンドラ    ニュージーランド

綱でつながれた犬という話と私の考え方

この話はストア哲学者が書いたものです。馬車に綱でつながれた犬は、綱に逆らって自分の首を絞めるか、綱の範囲を歩き回ってそれに満足するかです。人生もこの犬と同じような状況の中にあります。変えられないことに逆らわないで、自分の前にある可能性を考え、賢明な選択を心がけたいと思っています。

李 雲広(リ・ウンガン) 中国  

初めての日本での印象

4月に北京から初めて日本に来ました。サッカーのコーチ学を勉強するため留学しています。日本の印象は、とてもきれいなことです。また、どこへ行っても静かです。バスや電車が多くコンビニやスーパーにすぐ行けて便利です。日本人は親切です。ルールを守ります。これからどんな発見ができるか楽しみです。

金新也(キム・シンヤ)  韓国

     双子の秘密

結婚3年目に双子を出産しました。病院から退院したその日から育児の苦労が始まりました。私の睡眠時間はほとんどなかったのです。でも、子どもたちが2歳になると、2人はなかよし、大切な友だちになりました。一時は神様を恨みたい時もありましたが、今は双子でよかったとおもっています。しあわせです。

司会者 :

シキャット・ジェリク (アメリカ))

田 婷婷(テン・ティンティン) (中国)

アトラクション

江戸紙切り

桃川 健

青葉区役所

区長  徳江雅彦